2015-02-08

2度目のインド体験!<ムンバイ編>

4連休なのに暇だよーという夫
日頃の労をねぎらうため
1月に2度目のインド体験
通い妻報告です

今回は国内ムンバイ(旧ボンベイ)
夫婦旅行しました〜♫

ムンバイは人口推定2070万人
デリー2170万人に継ぐ
インド人口第2の都市

年間1000本を配給する
ボリウッド映画の本拠地でもあり
インド最大の商業都市です

2008年、2009年にアカデミー賞初め
世界中の映画賞を総なめにした
大ヒット映画
スラムドッグ$ミリオネアの舞台で
米国ハリウッドはこの時から
インド資本に乗っ取られたとも
(監督・キャスティングは英国人)

このムンバイにはインド各地から
出稼ぎ労働者がなだれ込み
スラム街に違法住居を建てるため
都市部1㎢あたりの人口密度が
推定2万9650人と世界最大
急発展にインフラが追いつかない

夫の駐在する
人口わずか170万人(インド24位)の
ヴィシャカパトナムとは違い
活気に満ち溢れてました


日本の首都圏昼間の過密状態も
恐らく世界トップでしょうけれど
夜は郊外に散りますからねー
ムンバイは勝手に住んでるんですから

インドは中国に継ぎ
買う力があっても買ってなかった国
2050年には
世界GDP上位1位と2位を独占し
世界中が頭を下げる
そんな時代がくると予測されています
そんな
インド底力の体感を期待する旅です

(参照)
↑綺麗!おすすめです!

トリビアですが
インド映画を作る際の決まり事で
歌と踊りの他
9つの感情を盛り込むよう
義務づけられているそうです

その9つは
色気(ラブロマンス)・笑い(コメディー)
哀れ(涙)・勇猛さ(アクション)
恐怖(スリル)・驚き(サスペンス)
憎悪(敵の存在)・怒り(復讐)
平安(ハッピーエンド)

そのため、3時間長編が多く
途中まで観て仕事に行き
翌日続きを観るとか当たり前

インド人の気の長さが発揮されるのか
育てられてるのか
忙しい日本人からは
摩訶不思議な国民性です

スラムドッグ$ミリオネアは
欧米人向きに2時間もの

フランス語吹き替えですけど


さて、地理的に
ヴィシャカパトナムはベンガル湾
ムンバイはアラビア海沿いです


ムンバイでの滞在ホテルは
夫が出張でよく出向く
原子力庁の目と鼻の先にある
タージマハルパレスホテル

ここはかつて
2008年11月26日夜から
11月29日朝にかけ
ムンバイの外国人向けホテルや
鉄道駅など複数で
イスラーム過激派と見られる勢力に
銃撃、爆破され
多数の人質がとられ殺害された
邦人も
三井丸紅液化ガス社員が
巻き込まれ死亡しました





さて、ホテル送迎の運転手さん
往路復路2人とも大変な物知りで
丁寧に観光ガイドしてくれました

タージマハルパレスホテルは半島の先


向かうは
立地、建物、サービス全てにおいて
インドナンバーワン
5★ホテルの送迎ですから
ムンバイの約55%を占めるという
スラム街などもちろん通りません
でも、
「えっ、スラムじゃないのここ?!」
という街並が続いてました


夫の駐在地では目にしなかった
乞食母子の姿を大勢見かけました

ベトナムのホーチミンでも
このスタイルは定番でしたけど

ムンバイには
路上生活をする乞食一家を
あちこちで目にしました

スラム街はこんな感じだそうです

出稼ぎ労働でスラム街に住んでいても
故郷では
豪邸暮らしという人もいるそうです



インドの国営
石油天然ガス公社のガソリンスタンド

アラビア海に沈みゆく夕日

信号待ちしていると
色んな物を売りにきます

ブーゲンビリアが綺麗な邸宅

果物屋台

郊外は三輪タクシーばかりですが
都市部は四輪タクシーも営業可

日が落ちてきました

ムンバイ大学

仕事が終わって帰路へ向かう人々

観光馬車がみえます

見えてきました
タージマハルパレスホテル!

英国コロニアル時代の建築です


到着〜

前回のテロ後から
車と個人を2重にチェックするという
厳重なセキュリティーでした

煌びやかで広いホテルロビー

チェックインはプールへ向かうドアが見える
旧館のリセプションにて

歓迎の祝福として
おでこに赤い粉と

親愛の情を示すレイを
首にかけてもらいました

私も夫もそれぞれ60年代に父親の仕事で
米国東海岸と西海岸に
帯同した経験があるのですが
その頃はまだ直行便がなく
ハワイ経由で
タラップを降りると
こんなレイをかけてもらった
同じ記憶があり
懐かしく思い出しました


旧館パレス館の部屋からは
英国支配下にあった1911年に
英国王ジョージ5世とメアリー王妃の
訪問を記念して
海に向いて造られた
インド門(Gateway of India)と
アラビア海の素晴らしい眺めが!


沢山の船が停泊



インドとは思えない
綺麗なお部屋でした




コロニアル時代の建築が美しく
どこを観ても絵になります





エレベーターホール前の絵画

こんなに綺麗なエレベーターは初めて

テロで破壊された影は微塵もなく


ゲストラウンジを使用できるプランで
2泊中何度も訪れました


日本国天皇皇后両陛下初め
各国の首脳やセレブが訪れました

ホテルの宣伝効果のために
ご招待するのか
見覚えのある歴史的有名人達が

タワータイプの新館の
エレベーターに向かう途中

夜の外観です



プールサイドのレストラン
映画の一コマのような
ハイソな雰囲気の白人観光客

チキンとフィッシュ料理など

ヒッチコック映画的な階段




翌日はインド門の裏から出る
フェリーに乗り
ヒンズー教のシバ神が祀られている
エレファンタ島へ観光に行きました


フェリーに乗船
突然どこからか
ベンチをテキトーに運び込み
とっても臨機応変な国民性を披露

出航です

途中、石油タンカーや
海軍の検問船などあり


エレファンタ島に着いたら
600ルピーで観光ガイドをすると言って
桟橋から石窟のある山麓まで
しつこくついてくるインド男性が

初めはいいかなーと
チラッと思ったのですが

知識がありそうなことを
一向に言わないので
結局は強くお断りしました

お土産の出店が並ぶ長い階段を昇り
遺跡入り口に辿り着くと

「無料ガイド」

と書いてあるではないか!

おまけに
ホテルのコンシェルジェでは
「エレファンタ島ガイド1,600ルピー」とも...

既に原価80ルピーで
エレファンタ島の土産屋で
売値160ルピーのガイドブックを
船上で200ルピーで売ってきたのを

「それ日本円で幾ら?」と私が訊くと

「400円くらい」と言いながら
400ルピー払ってしまった夫

ガイドまでお願いしていたら
そんなの寄付よと
アバウトな私と違って
無駄を嫌う夫は
自己嫌悪に陥っていたことでしょう

色々学ばされて面白かった


エレファンタ遺跡群です


世界史の教科書にあったような

よくもこんなに綺麗にくり抜いたこと

ヒンズー教信者が靴を脱いで参拝





戻ってきましたー
が、先客停泊船あり


驚いたことに
停泊している船を通って
岸へ上陸しろとのこと

夫が先に渡って船が波で離れ
危うく落ちるところでした



夕焼けが美しかった



タージマハルホテルに
もう一泊してもよかったのですが

インドの国内線の出発時刻が早いため
空港に近い JWマリオットホテルに移動

風光明媚な街並を観光できました
CST駅
(現チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅
旧ヴィクトリア・ターミナス駅)

イギリス植民地時代に建てられた
コロニアル洋式の駅舎

世界遺産に登録されています

ムンバイ大学

なんの建物だったかなー?


JWマリオットホテルも
アラビア海に面しているし
垢抜けした
アーリア系インド人も多く
それなりに面白かったのですが
歩いて行ける観光地もなく
ホテル内では
ゴキブリとの対決もあったりで
写真撮り忘れましたー ww


ホテルに備えてある
聖書と仏教経典の他
ヒンズー教の
バガヴァッドギーターがあり
さすがインドと
超嬉しくなってしまった!
宗教経典を読み比べるの
好きなんですー

もうひとつ
さすがインドだなと思ったのは
ホテル内のテナント書店は
規模が小さいのに
ジュンク堂並な
スピ系・宗教系書籍の品揃え
インド人
益々興味深くなりました


ムンバイ空港で国内線へ
赤いシャツと白いパンツは夫です

色の黒いインド人に合う
派手な色ばかり


マハトマ・ガンジー!


ヴィシャカパトナムに戻りました
スペンサーズという行きつけのスーパー

この日夫のフラットで数時間休んで
夜行便でシンガポールと羽田経由で
名古屋に戻りましたけど
36時間中
計5回離着陸して
お肌が乾燥するわ
正月からの咳はいまだに治らないわと
歳には応えた

でも
繰り返される離着陸は
すごろくのような達成感があり
予想した疲れはなかった

欧米便など長時間フライトの方が
メッチャしんどいんだろうなー


3度目のインド体験は
会社の扶養家族の旅費持ちを利用して
娘達も伴い
タージ・マハルを訪れる予定です